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プロローグ -- 本編 12 ・ 3
          番外編 1
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A.1-2

「……はぁ」

典型的な溜め息をつく。そりゃまぁ、へぇなんて溜め息ってのも怖いが。

ミルミアに思い付くだけの鬱憤をまとめてぶつけてしまった私は、
そのまま泣きながら部屋まで戻ってきたわけだけど、
部屋に入ってベッドに倒れ込んだ辺りから一気に後悔の波が押し寄せて来た。
いつもこうだ。ホントに反省しない。
ベッドに転がったまま、ぼんやりと部屋を見渡す。
長い付き合いになった少し古い一般的な形の机。
机の上にはこの前の勉強に使ったテキストと見たことない瓶。
適当に服を詰め込んでよく相方に怒られるクローゼット。
真夜中に自分の姿が映りこんで泣きそうになった大きな鏡。
以前と何も変わらない自分の部屋を見て、自分と重ねてしまい、再び溜め息。

私はいつも普通なのだ。
顔は良くも悪くもなく、走れば速くも遅くもない。
勉強が出来るかといえば頑張っても人並み。
人と話していればそれなりに盛り上がるけど、
それ以上でもそれ以下でもない。
恋愛だってそう。いつだって友達以上恋人未満。

求めても求めても捕まらない。
指の隙間をするりと擦り抜けていく。

砂を掴む感触。

手に入ったと思ったら、いつの間にか無くなっている。そんな感触。
私は落ち込んだ思考を抱え、意識の奥底へと、そのまま沈んでいった。

  ー * ー

懐かしい記憶が見える。
これは夢だろう。言葉にはならない気持ちが胸にある。
当て嵌めるならば月並みだが、幸せ、だろうか。
私が普通を容認出来た頃。
母さんが、まだいたころ。
父さんはその時からいなかったけど、そんなことも普通と捉えられていた、そんな昔の話。

家のリビングでゆったりと珈琲を飲んでいる母さんと、その隣で甘いカフェオレを飲んでいる私。
これは、私が7か8歳くらいの時だろう。

「リアは将来何になりたいの?」
母の優しい声。これが夢だとわかっていても、
いや、夢だとわかっているからこそ涙が出そうになる。胸が、キュっと狭くなる。

「うーん、私はねー」

考えている私を見ながら、私も何だったろうかと考える。
この頃の私ならお嫁さんとかそんな普通の子供のような答えだった気がするけど。

やがて、パっと顔を輝かせて昔の私が言う。

「私は      になりたいっ!」

声がそこだけ聞こえない。まるで本のページが抜け落ちて、気付いたら話が進んでいたかのような。
私は何て言ったんだろう。私には聞こえなかった答えを聞いた母は、
嬉しそうに顔を綻ばせ、私の頭を撫でる。

急速に意識が引き上げられる感覚。目覚めの時間だ。

私は後ろ髪引かれる想いを抱えて温かく、懐かしい夢を後にする。
今はもう決して戻ることのない、戦火により失われた、あの輝かしいあの庭に。
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